牧野 延光(64歳 )
?“西安交通大学”という校名から、鉄道の機関士か自動車の運転手を養成する大学かと質問された、という笑い話があります。これはまったくの誤解で、“交通”のイメージは度外視する必要があります。この大学は理科系から出発していますが、いまは経済、経営、文学、語学、医学などを含む総合大学で、市内で、西安交通大学で学んでいる、というと一目置かれるような良い大学です。校内の東西南北に整備された堂々たる並木道、また、校内に散在する公園、緑地の手入れのすばらしいこと、特に春には梅、桃、桜、牡丹、芍薬、チュウリップ、薔薇などが次々と咲き競うさまは大学というより、公園に暮らしているような感じさえします。毎日散歩しても飽きることがありません。
西安は昔の長安です。いまから1,200年以上前に、日本から遣唐使がきた唐の都だった街です。安倍仲麻呂、空海が学び暮らした日本との関係の深い街です。古都として当然名所旧跡も多いのですが、いままた、古都長安を彷彿とさせるような街並みの整備も進んでいます。人情、風俗、生活習慣において北京や上海と違った味があります。
わたしはこの大学と西安の街がとても気に入って当初の予定を延ばして学んでいます。みなさんもいちど体験してみてはどうですか。
今掘智彰
私は学生の頃、テレビゲームの「三国志」を買って遊んだことがあります。しかし面白さがよくわかりませんでした。私はその原因が自分の「三国志」についての知識不足にあると考え、図書館から「三国志演義」を借りてきて読むことにしました。
この本はとても面白く一気に読んでしまっただけでなく、そのまま「史記」「春秋左氏伝」などの歴史書はもちろん「論語」以下の基本的な中国思想書も続けて読んでしまいました。このように私はすっかり中国文化に魅了されてしまったのですが、しかしまだ中国留学については何も考えていませんでした。
大学卒業後、私はその日その日を気楽にすごしていましたが、そうこうする内に現在の生活への
不安が募ってきたのです。この不安感と以前からの中国への興味、そして私の学生時代の韓国人の
友達から、留学とは一度おもいきってしまえば難しいことではないと聞いていたこと、これらが私
の中で混合、熟成され、私は中国への留学を本気で考えるようになりました。
もうひとつ、私の大学の同級生が、一ヶ月の中国旅行の結果、何もかも嫌になって帰ってきたこ
とがあったのですが、これは私をすっかり不安にしました。私の中国への憧れはすべて幻想でない
のか?私は考えました。年をとってから幻滅するよりも、今中国へ行って自分の目で確かめるべき
であると。私は中国留学を決意しました。
それから時間は瞬く間に流れて、私の二年間の中国留学が終わろうとしています。この経験から
私が得た結論は至極平凡、しかし有意義なものでした。まず古都西安で過ごすことにより改めて中
国文化の重厚さを感じることができた事。そして同時に実際の中国を知ることで盲目的な中国への
憧れも消すことができました。地に足が着いた見解を得ることができたと言えるでしょう。
心残りなことは二年間学んだにしては中国語の能力があまり伸びなかったことです。私は初めの
予定では一年で帰国するはずだったのですが、西安のゆったりとした時間の流れが心地よく、思わ
ず長居してしまいました。しかしこれはあまりよい判断ではなかったようです。ゆっくり時間をかけて勉強しよう、来学期から気持ちを引き締めようという甘えの気持ちがわたしを堕落させてしまったのです。古人曰く「弓の初学者は二本目の矢をもってはならない」この言葉の正しさを身にしみて感じることになりました。
私はまだまだ中国語を学びたいと思っています、そして西安を離れがたいという気持ちもあります。さらに言えば日本に帰ってからの見通しもありません。しかしそれでも一度帰ろうと思っています。私のような怠惰な人間は一所に長くいると腐ってしまう、新たな場に身を置かなくてはいけないと考えるからです。中国での二年間が私の未来にどのような影響を与えるかはまだ分かりませんが、私はこの二年間を忘れることはないでしょう。